[其の二]大鵬親方との思い出

大鵬親方との思い出は数えきれませんが、私の相撲人生を左右した一番大きな思い出は、十両に上がる3場所前のエピソードです。
9月場所で幕下上位にいたのですが、その場所は負け越して千秋楽を迎えました。最終日の祝賀会の会場でのこと。

祝賀会は、相撲取りは接待する側ですから、酔ってはいけないんです。そのことは十二分にわかっていましたから、いつもは飲みすぎない様に気を付けていたのですが、その日は少しヤケになって飲み過ぎてしまいました。

そんな私の様子を見た後援者の方が「お前は稽古をしないから負け越したんだ」といろいろ言ってきたのです。でもその後援者の方は、稽古を一度も見に来たことがない方でした。私は、その場所で負け越しはしたけれども、稽古も含めて一生懸命に取り組んだという自負がありました。ですからそういわれた時に、「ぷちっ」と切れてしまったんですね。

「お前は稽古見たことがあるのか」と、お酒の勢いもあり、ワーッと言ってしまいました。
大鵬親方は人一倍応援して下さる方を大切になさる方です。さっと出てこられて「お前誰に向かって言ってるんだ」と殴られました。大鵬親方は怒り心頭ですが、私は私で、自分は間違っていないと思っていましたから親方に向かって「やめてやるこんな部屋」と。大変な騒ぎになりました。

翌日、先輩力士がかばってくれて、一緒に親方に謝りに行こうと言ってくれましたが、謝ったくらいで許してもらえるとは思えず、辞める決意をして親方に挨拶に行きました。神妙な顔で親方の前に出て正座をして謝ると、なぜか親方が笑っているんですよ。
「そういうときもあるよ。飲んで言いたくなる時もある。でも、飲みすぎるな。辞めないで頑張れ」と。大鵬親方はとても厳しい方で、私はいつも叱られてばかりでした。その親方が笑いながら許してくれた。その上に、一緒に飯を食いに行こうと、普段なら入れないような立派なお店に連れて行ってくれました。

親方はいつもは厳しいけれどそれは私のことを思って言ってくれていたんだ。本当は心の広い温かい人なんだと心底思いました。この一件は私の相撲人生を左右する重大なことです。このことがあって、親方の期待に応えるためにも、もっともっと頑張らないと。今までの自分はあまかった。もっと死に物狂いで取り組まなくてはと気持ちを新たに出直すことができました。

その甲斐あって、その後3場所で十両に上がることができたのです。続く・・・